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『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』 小野寺拓也・田野大輔 著

検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?
 「事実」をもとに「意見」を主張する。その通りだと思うだろう。だが、歴史学において「事実」から「意見」に短絡することは正しいのか。「事実」と「事実性」とは?…本書は、いわゆる「ナチスは良いこともした」論の検証である。
 「良いこと」とされるナチ党の施策には、①壊滅的状況にあったドイツ経済の復興 ②労働者の福利厚生 ③家族支援政策 ④環境保護政策 ⑤健康政策 が挙げられる。これらを切り取られた断片的事実としてではなく、歴史学から評価することが本書の意図である。
 ①から見よう。ヒトラーが政権に就いてからわずか数年で雇用状況が劇的に改善され、1937年には事実上の完全雇用が実現されたことは事実である。しかし、著者はこの驚異的な復興「経済の奇跡」はどうして可能になったのか、そこにどんなからくりとねらいがあったのかを、歴史的経緯と歴史的文脈、歴史的結果の三つの視点を通して吟味していく。まずワイマール共和制末期の景気浮揚策が効果を上げつつあったことを押さえる。その流れにナチ党の政策が棹をさしたのだ。アウトバーンの建設は失業者600万人に対し最大で年12万4千人の雇用を生み出したが、その効果は限定的であった。もっと大きな要因は労働奉仕制と一般徴兵制による若年労働者を削減したこと、女性を家庭に戻し女性労働者を削減したこと、実質賃金を安く据え置いたことであった。そして決定的な要因は巨額の負債によって賄われた再軍備、軍備拡張の軍需経済にあったことが明らかにされる。「アウトバーン神話」はヒトラーとナチ党を称揚するためのプロパガンダであった。鮮やかな論証である。
 ドイツの「生存権」を拡大しなければならない。このためにドイツをできるだけ早く戦争可能な状態にすること、これがヒトラーの最優先事項であった。戦時期ドイツの経済を支えたのは、占領地からの収奪、ユダヤ人からの収奪、外国人労働者の強制労働だったことはよく知られている。
 ①をはじめ②から⑤も根底にあるのはドイツ民族を1つの「身体」としてとらえる「民族体」という考え方である。豊かで対立も格差もない「民族共同体」の実現が謳われる。「国民の生活」に配慮している姿勢を示し続け、実際にも実行に移すことで人々の戦争協力を引き出す。これがナチスのあらゆる社会政策に通底するねらいであった。以下、具体的項目だけを列挙する。
 ②有給休暇の拡大、格安の旅行やレジャーの提供、安価なラジオ受信機、大衆向けの自動車(フォルクスワーゲン)の生産。③「母の日」を国民的祝日とし子だくさんを表彰する「母親名誉十字章」、1人産むごとに1/4が返済不要になる結婚資金貸付制度、乳児の下着やベッド、食料品などの援助を受けられる母親学校・母親相談所、農繁期託児所、3ヶ月100%の給与保証の出産有給休暇、企業内に幼稚園や託児所、身体が弱っている母親のための保養ホーム。④自然保護、動物保護、森林保護、有機農業の促進、「無駄なくせ闘争」、「食糧生産援助事業」。⑤禁酒・禁煙運動 5月1日をアルコール抜きの日、広告の規制、果汁・野菜ジュースの増産、タバコ税の増税、宣伝の禁止、青少年・結婚適齢期の女性への販売禁止、カウンセリングセンター設立、多くの職場・役所・病院などで禁煙、すべての列車に禁煙車両、食の安全、職業病への補償、未成年労働者・女性労働者特に妊婦の保護……。
 現代の価値観からすれば先進的な取り組みに見えてしまうだろう。しかしこの恩恵にあずかれるのはナチ党にとって政治的に信用でき、「人種的」に問題がなく、「遺伝的に健康」で、「反社会的」でもないドイツ人だけであった。ユダヤ人、マルクス主義者は「民族体」の病原菌であり、異分子や「共同体の敵」に対しては福祉の切り捨てだけでなく経済的収奪、さらに物理的抹殺といった残虐な措置を伴った。まさにコインの裏表である。結婚には遺伝的健康を証明しなければならず、子どもを産まない「繁殖拒否者」には罰金、同性愛者は強制収容所に入れられ、重度のアルコール中毒者は強制断種された。障がい者には強制断種(40万人)、「安楽死」(30万人)が待っていた。
 大日本帝国は朝鮮、台湾、中国東北地方において交通網や教育制度のインフラを整備し、産業や農業の近代化を図った。衛生や医療を改善し平均寿命を延ばした…などと日本の植民地統治政策を擁護することで数多の悪行を相対化しようとする言説が存在している。「ナチスは良いこともした」論の同類、同じ穴の狢である。
 本書を読めば、「ナチスは良いこともした」という主張がいかに不正確で一面的であり、断片的な「事実」が「意見」へと飛躍する危うさが納得できるだろう。本書は岩波ブックレットで概説的な入門書だが、研究の積み重ねから謙虚に学び批判的に乗り越える姿勢の重要性がよく理解できる。また、最終章「おわりに」は一読に値する。人はなぜこのように「事実」を切り取ろうとするのかへの考察がとても興味深い。

「REKIHAKU 特集/歴史の匂い」 国立歴史民俗博物館

ものがたりのあるミュージアム  「REKIHAKU」は国立歴史民俗博物館(歴博)の定期刊行物。特集が面白い。007号は「歴史の匂い」だ。
嗅覚で感じるものを言葉で表すと「におい」「かおり」と言う。漢字では「匂」「臭」「香」などと書き表す。この中の「匂」が国字(日本で作られた和製漢字)だとは知らなかった。当然「にほひ」「にほふ」は大和言葉だろう。それでは「にほう」とはどのような感覚状態を言うのか。
「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」は本居宣長の和歌だが、桜の花ににおいはなく、この「にほふ」は嗅覚ではなく視覚である。朝日が山桜に色移りして照り映えているさまである、と小林秀雄が何かの本に書いていたことを思い出した。また「青丹吉寧楽乃宮師者咲花乃薫如今盛有(あをによしならのみやこはさくはなのにほふがごとくいまさかりなり)」(万葉集)の「にほふ」は「薫」を使っている。この場合は視覚に嗅覚が混じっているようだ。
また、「臭」「香」の同じ漢字を使いながら日中韓では快不快の感覚が違う。時代によっても異なる場合がある。ここから「縄文のにおい」「日本古代史の匂い」…と話につながる。
しかし、「におい」は主観的でもある。つまり、「臭い」というどうにでも形象されうる感覚は簡単に実体化されうる。これが近代都市特有の衛生観と結びつき、特定の職業への侮蔑や偏見、差別のイメージが生成され増幅されていく。日常のあらゆる場面でスラムや被差別部落が忌避され排除され、ときには取り締まりの対象とさえなったのは「臭気」という言説によるところが大きいとする。このあたりの展開は「民衆史」に視点を置いた歴博らしい。
その他、沖縄戦における壕内の「ニオイ」の再現、朴婉緒の小説に見る『匂い』と「復讐」の論考も興味深い内容だった。
学問の世界、とりわけ歴史学や考古学の分野では新しい発見や知見が定説を覆すことがしばしば起きる。歴博による炭素14年代法によって弥生の開始が500年早まったことは有名だ。雑誌とはいえ、この「REKIHAKU」が最新の研究成果を一般向けに紹介してくれていることもありがたい。

『第二次世界大戦秘史 周辺国から解く独ソ英仏の知られざる暗闘』 山崎雅弘

ものがたりのあるミュージアム  連合国と枢軸国とに分かれた世界戦争が単純に善と悪との闘いでないことは自明である。あくなき領土拡張欲にとらわれたヒトラー・ドイツとスターリン・ソ連に接した周辺国はいやでも政治的に軍事的に判断を迫られる。国家存亡の危機にそれぞれの国・民族はいかに動いたのか、それがどのような影響を及ぼしていったのか。
 第二次大戦とはどのような戦争だったのかを、強大国中心ではなく、望まずして巻き込まれた周辺国とその国民の目線で理解しようとした労作です。
 大戦後の「冷戦」だけでなく、東欧・北欧、中東の20ヵ国の紛争、分裂や内戦の歴史を含め、多面的・重層的に描かれているので、どの章から読み始めてもいい。現在進行中のプーチン・ロシアによるウクライナ侵略、フィンランドとノルウェーのNATO加盟への動きなどを読み解くヒントにもなります。

『ものがたりのあるミュージアム』 アンネ・フランク・ハウス

ものがたりのあるミュージアム  『アンネの日記』の著者として有名なユダヤ系ドイツ人の少女アンネ・フランク。ナチス・ドイツの強制収容所で15歳にして命を落としたアンネの270ページに及ぶ写真集。アムステルダムのアンネ・フランク・ハウスから日本に贈られた150冊のうちの1冊です。隠れ家以前、隠れ家での生活、隠れ家以降の3部に分かれています。解説は日本語です。
 手にとってAnneに会ってください。 (貸し出しはできません)

『土偶を読む ― 130年間解かれなかった縄文神話の謎』 竹倉史人

日本精神史  縄文時代に大量に造られた素焼きのフィギュア「土偶」。その「正体」はいまだに詳細不明となっています。
 本書では、土偶の形態を具体的に分析するイコノジー研究の手法と、環境文化史・民族植物学を含む最新の考古研究の実証データを用いることで、ついに土偶の「真実」を明らかにします。