活動報告
第14回青春クラブ「東九条マダンと昼食交流会」を開催
マダンとは朝鮮語で「広場」の意味。今年で33回を数える東九条マダンは、在日コリアンが多く居住するこの地域で、韓国・朝鮮人、日本人をはじめあらゆる民族そして地域の人々が支え実行委員会をつくり、民族間・世代間・地域間の真の交流と理解・和解を作りだし、共に生き、人と人が触れ合える「ひろば、まつり」として開催されてきました。今年は、昨年この東九条マダンが「2024年度国際交流基金地球市民賞」を受賞したことの喜びにあふれ、朝鮮民族芸能をはじめとした各種ステージ企画、あそび&体験コーナー、展示企画、各種民族衣装体験コーナー、食事・模擬店コーナーなどが多彩に催され、子どもから大人までが楽しめる”まつり”となっていました。
この青春クラブ会員交流企画には、8名の会員が参加し、それぞれが各種の催し物やステージ企画、展示企画、模擬店などを楽しんだ後、近くの食事処で美味しいカモ鍋を楽しみながら交流しました。東九条マダンは、毎年この時期にJR京都駅から南東にある元・山王小学校などで開催されます。まだ、参加されたことのない皆さん、この素晴らしい交流のまつりに来年は是非ご参加されてみては。
京都府連事務局次長 河内一泰
3.1独立運動 107周年 学習講演会
日本の植民地支配の実相や責任を平井さんのお話しでご一緒に考えませんか
戦前期、日本は1910年の韓国併合以来、朝鮮半島とそこに住む人々を約36年間にわたり植民地支配しました。その間日本が行った過酷な植民地統治に対し、朝鮮半島の人々は1919年に全土に拡がった3.1独立運動をはじめ、国内外で粘り強い抵抗運動を続けました。
満州事変、日中全面戦争、アジア太平洋戦争へと続く日本の戦争遂行のなかで、日本は朝鮮の人々に「皇民化」を強い、今日の「徴用工」問題、日本軍「慰安婦」問題、戦後補償問題などに繋がる強制動員を行いました。
これら侵略戦争と深く繋がる日本の植民地支配の実相と責任を、教育現場で子どもたちと共に学び教えてきた平井美津子さんのお話しでご一緒に学び、私たちの課題をみんなで考え、東アジアの平和な未来を力を合わせて創ってまいりましょう。
講 演 「植民地支配責任を子どもたちと共に学びつづけて」
講 師 平井 美津子 さん (大阪府公立中学校教諭、大阪大学・立命館大学非常勤講師)
⊂日 時⊃ 2026年3月8日(日) 午後2時~4時半 (午後1時半より受付)
⊂場 所⊃ 京都労働者総合会館 ラボール京都 4階 第12会議室(中京区四条通り御前西入ル 西院交差点より東に向かい徒歩数分)
⊂資料代⊃ 500円 (事前連絡不要)
主催:日朝協会京都府連合会(電話・FAX 075-841-4316(福谷))
春を呼ぶ 府民大集会
国の悪い政治言いなりの知事か 府民に寄り添う知事か 知事が変われば暮らしはよくなる
日時 3月3日(火)午後6時45分~
場所 ロームシアター京都(京都会館・京都市左京区)
主催 住民本位の新しい民主府政をつくる会
北部会場
日時 2月23日(月・休)午前11時~
場所 三段池公園総合体育館サブアリーナ
(福知山市)
南部会場
日時 2月23日(月・休)午後2時30分~
場所 文化パルク城陽
(城陽市)
祝園全国集会
長距離ミサイル配備を許さない!
「私たちは二度と戦争をしたくない!平和でこそ文化は香り立つ!」祝園(ほうその)全国集会が、10月19日に京都府精華町けいはんな記念公園芝生広場で開催されました。この日は全国から2700人、私たち京都府連からは7人の会員さんが車や電車で参加しました。
全国では62棟の弾薬庫増設が計画され、陸上自衛隊の祝園分屯地(精華町・京田辺市)では、その内の最大規模14棟を増設計画。大型弾薬庫増設の造成工事が8月18日に突然始まり、現在は8棟分を造成工事中とのことです。
敵基地攻撃能力を持つ長射程ミサイルの保管配備が懸念されています。他国を武力で威嚇することは、軍拡競争を際限なくエスカレートさせ、弾薬庫は攻撃目標にされ、かえって周辺住民が危険にさらされることになります。
京都と全国も危ない!
地元精華町の「弾薬庫問題を考える住民ネットワーク」代表は、この問題への関心は広まっていないが、反対署名を訴える中で「初めて事実を知り、怖いと思う人がいる。署名を広げ立ち上がる人を増やしたい」と語りました。地元で子育て中の女性は「有事の時は、軍事施設はまっ先に攻撃の対象になる。この地域を危険にさらしてほしくない」と語りました。この他にも、沖縄県をはじめ、米軍基地や自衛隊基地問題で平和運動や住民運動を展開している、京都を含む全国各地の16人から活動報告と訴えがありました。
最後に「大軍拡・戦争準備に反対する全国の皆さんと繋がり、手を取り合い、戦争への道を押しとどめましょう」の集会宣言を参加者全体で確認し、全国集会を終えました。
京都府連理事 水谷文信
第14回「青春クラブ」会員交流企画 ~東九条マダンと昼食交流会~
日時 11月2日(日)
場所 元 山王小学校
集合 午前10時45分 京都駅八条口アバンティ北西角
スケジュール
徒歩で元 山王小学校へ、11時~12時「東九条」マダンに参加
12時半~14時「昼食交流会」
会場 「空」(東寺の東門前 TEL 075-748-6866)鴨しゃぶ料理(約3,000円)
雨天で「東九条マダン」が順延となった場合は、東寺周辺の散策と昼食交流会に変更します。
参加希望者は、10月20日までに、福谷(TEL/FAX 075-841-4316)へご連絡ください。
浮島丸殉難80周年追悼集会へ参加しました
去る8月24日(日)、80年前の同日に起こった海軍輸送艦浮島丸の爆沈により犠牲となった方々を追悼する集会が舞鶴市下左波賀の浮島丸殉難者追悼公園で開催され、韓国からの参加者を含め330名が参加しました(主催:浮島丸殉難者を追悼する会、後援:京都府、舞鶴市)。同船には、青森県内で働いていた朝鮮人労働者とその家族、及び日本人乗組員など数千人が乗っていました(政府発表内訳では、乗船者524名、乗組員25が犠牲になったとされているが、正確な乗船者・乗船者数、爆沈原因は現在不明)。集会では、参加者全員で犠牲者への黙祷を行なった後、主催者の品田会長をはじめ、後援者の各代表、在日本大韓民国民団、在日本朝鮮人総連合会の代表が追悼の辞を述べられました。その後、代表者による追悼の碑へ献花、来賓・メッセージ紹介、朝鮮学校の生徒さんによる追悼歌「はまなすの花咲きそめて」の斉唱が行なわれ、最後に、参加者全員による海への献花がしめやかに行なわれ、2度とこのような悲劇を繰り返さない決意と努力を確認し合いました。
爆沈から80年の本年、昨年の情報公開請求で乗船者名簿の存在を明らかにしたジャーナリストの布施祐仁さん、国会質問で名簿の開示・提供を追求した日本共産党前衆議院議員の穀田恵二さんも昨年に続き追悼集会に参加されました。これを契機に、正確な乗船者の調査確定、爆沈の原因究明、遺骨返還などの未解決の課題を前に進める必要があります。
京都府連では過年度より本追悼集会に毎年参加してきましたが、本年も供花と共に井口和起代表理事ご夫妻を始め10名の会員が参加し、心からの哀悼と平和への誓いを新たにしました。また、11月に本追悼公園を訪れ、浮島丸事件を学ぶフィールドワークを行なう石川県連の事前調査で集会に参加された9名のみなさんとも昼食交流を行なうことができました。 文責 河内一泰
3.1独立運動106周年 学習講演会 報告
3月1日(土)、京都労働者総合会館内会議室にて、戦時下朝鮮での強制動員研究をご専門とする庵逧(アンザコ)由香先生(立命館大学教授)を講師にお迎えし、表題の「3.1独立運動106周年 学習講演会」を開催しました。先生は、演題「日本の植民地支配、強制動員問題と戦後補償を考える」の全体像と重要事項を、①日韓、日朝間の「歴史問題」とは、②韓国は植民地支配の歴史をどのように認識しているか、③日本の植民地支配の概観、④植民地経験の社会化と戦争体験の社会化、⑤朝鮮人戦時強制動員の構造、⑥戦後未解決・未精算の問題としての強制動員、⑦日韓の「歴史問題」は対立しているか、⑧朝鮮民主主義人民共和国に対する過去精算、等の諸点からお話になりました。講演の中では日韓共同世論調査結果で、2023年の日本の世論が韓国に対し「良い印象・どちらかといえば良い印象(37.4%)」「良くない印象・どちらかといえば良くない印象(32.8%)」と初めて良い印象が上回っている結果、とりわけ若い世代で互いに好印象をもっている状況などをよく見極め、「対話」を積み上げてきた歴史を踏まえて、今後の相互理解、平和友好への展望を述べられました。活発な質疑応答も含め2時間半があっという間とも思える刺激的かつ問題状況の理解が進む講演会となりました。会場には満席近くとなる45名の参加があり、組織的にも大きく成功させることができました。
河内一泰
「岡山のつどい」報告 岡山「朝鮮人受難碑」「鬼ノ城」兵庫「鶉野飛行場」跡めぐり
2024年11月30日(土)・12月1日(日)と、2日かけて京都府連は第1回会員交流会を開催しました。「青春クラブ」と名づけた若い頃からの会員や新入会員たちも加わる交流会です。
今回は岡山での宿泊も含めましたので、京都・大阪をはじめ広島・岡山在住の会員も含めて13人が参加し、うち元会員の1人が再入会してくれました。
1日目は本部機関誌968号(2024・5・1)に紹介されていた岡山駅前・西川緑道公園西側の「朝鮮人受難碑」を見学しました。お忙しい中、岡山コリア協会代表の大西さんが解説に来てくださり、昼食会にも加わって、85歳というご高齢でも多方面で活躍されているお話に、参加者一同大変励まされました。また、桃太郎伝説のある岡山の地で、「鬼を悪者にし、財産を奪うのはけしからん」など、桃太郎伝説についての日朝協会らしい議論でも盛り上がりました。
2日目は総社市北部の国指定史跡「鬼ノ城」西門を巡りました。7世紀の「白村江の戦い」敗北後に新羅の「侵攻」を恐れて百済の築城技術に学んで、鬼城山(標高約400m)山頂部、幅7m・高さ6m・総延長約2.8㎞という巨大な城壁が造られていたとのこと。その遺構の一部復元された「西門」で、古代の日朝関係に思いを馳せました。そして、京都への帰途、兵庫県加西市の「鶉野飛行場跡地」に立ち寄りました。太平洋戦末期の戦争遺跡の中で過酷な労働に酷使された朝鮮人犠牲者を偲び、大戦末期に組織された姫路海軍航空隊や川西航空機姫路製作所鶉野工場などの広大な土地に遺された軍事施設を見学し、あらためて平和擁護への思いを強めました。
合宿・夕食後には、参加者の近況を語り合いつつ、現在の日本の民衆運動やウクライナ情勢についての意見交換のなかで、「青春クラブ」に相応しく若者のような激情を込めた意見のやりとりもあり、久し振りに「若返り」ました。
京都日朝「青春クラブ」秋の会員交流企画を実施
京都府連では、天気に恵まれた去る2024年9月23日(振替休日)、秋の会員交流企画「枚方の火薬工場から百済寺跡、枚方宿鍵屋資料館へ」を15名の参加で開催しました。
現在、京都では、陸上自衛隊祝園(ほうその)分屯地(精華町)を強靱化して長距離ミサイル保管のための大型弾薬庫を造る危険な動きありますが、この祝園弾薬庫を生んだ前史は、大阪府枚方市にあった陸軍禁野(きんや)火薬庫での大爆発事故にありました。1939(昭和14)年3月1日午後に起こった爆発は2回を数え、倉庫全焼、近隣に延焼して死者94人、被害家屋約4700棟という大惨事となりました。轟音は京都まで届いたと言われています。軍事が最優先となれば住民の安全は考慮されないという歴史の教訓を学ぶフィールドワークとして、禁野火薬庫跡土塁、大阪砲兵工廠枚方製造所跡(現小松製作所内)に建立されている殉難者慰霊塔などを見学、次にはるか古代からの朝鮮半島とのつながりを示す奈良時代後半に創建された百済王氏の氏寺であった百済寺跡、最後に江戸時代、京街道や淀川の往来で栄えた「枚方宿」の歴史を学ぶ鍵屋資料館を見学しました。江戸時代の朝鮮通信使一行も豪華船で淀川を渡ったようです。
見学終了後は、枚方市内の食事処で郷土料理「ごんぼ汁」などの美味しい食事を楽しみながら交流会を開催。「親しいお仲間と韓国語を勉強中」「資格取得を目指して勉強中です」「合唱団に入って発声から頑張ってます」などなど、皆さんすんごくお若いのよ。現在に繋がる歴史を学び、参加者の皆さんの溌剌たるお姿に元気をもらった大満足企画となりました。いつもながら企画・資料作成・解説をいただいた成瀬さん、Goodな食事処を手配下さった横川さん、車提供・安全運転に尽力いただいた御三方、本当に感謝・感謝です!
京都府連創立65周年記念のつどい
2020年3月1日(日) 午後2時から8時まで、ルビノ京都堀川で日朝協会京都府連創立65周年記念のつどいが、のべ44名の参加で開かれました。
一部は、朝鮮独立運動101周年記念講演会で、講師の飯田光徳氏(日朝協会代表理事・日本コリア協会大阪理事長)が、「いま、植民地と侵略の歴史と向き合う」と題して、いま日本国民は、3つの呪縛、明治以来150年の間に、①明治呪縛②50年60年体制呪縛③安倍呪縛にかかっているのではないかと問題提起され、その一つ一つについて具体的なお話がありました。
安倍呪縛について、安倍首相はなぜここまで嫌韓の態度をとるのか?その真相(深層)に迫るというところで、明治以来の日韓支配者の人脈と反動政治の帝国主義的政治手法について現在とのつながりを解明されました。
今後の私たちの進むべき道は、引っ越しできない隣人、朝鮮・韓国・中国等北東アジアの民衆と力を合わせて、平和な未来を切り開くために、この150年間に何があったのか、その真実をしっかり見つめ、前進することが求められていると話されました。
一部の後半は、京都と大阪朝鮮歌舞団の歌と踊りの公演で、参加者と一つになった素晴らしいものでした。
一部の終わりに「3・1朝鮮独立運動101周年京都宣言」を採択しました。 (裏面掲載)
開会挨拶は大橋満全国・府連代表理事が行い、司会は大橋美津子、成瀬和之が担当しました。
二部の祝賀会では、来賓挨拶を4団体(朝鮮総連京都府本部、日本共産党京都市会議員団、日本ベトナム友好協会京都支部、京都平和遺族会)からいただきました。乾杯の音頭を井口和起先生におねがいし、しばし懇談の後、出し物の最初に朗読劇で府連の歴史を紹介しました。参加者全員の自己紹介と一言メッセージでは、会員の多くの方が、日朝友好運動に参加したことが自分の人生を変え、生きる土台になったと感想が述べられ、これからの人生も、明るく楽しく、勇ましく生きていこうと誓い合いました。最後に全員で、情熱き友よ、ネナラ、この道は仲間がいっぱい、東京平壌などを合唱し、終了しました。二部の司会は長谷川聖子と横川和男が担当し、開会挨拶を木村幸一代表理事、閉会挨拶を福谷忠行代表理事が行いました。
3・1朝鮮独立運動101周年 京都宣言
私たちは、2020年3月1日(日)ホテルルビノ堀川で「3・1朝鮮独立運動101周年」と「日朝協会京都府連合会創立65周年」を記念して、その精神を生かして21世紀の新しい東アジアと、非核平和の世界を切り開くために集会を開き、その決意を広く日本国民に知らせるとともに、日本政府に申し入れることを決めました。
1910年大日本帝国は、大韓帝国に対して韓国の国内法や万国公法をも踏みにじり不法に占領支配し「併合」しました。1919年この植民地支配に対して朝鮮人民が、日本から独立を目指して立ち上がった闘いが「3・1独立運動」でした。
しかし大日本帝国は、この運動を武力で弾圧し大量の殺人を行い、多くの負傷者を出し、植民地支配を続けながら中国への侵略戦争をはじめ、アジア太平洋戦争へと突き進んでいきました。
101年前の3・1朝鮮独立宣言は、「朝鮮国は独立国家である」という言葉で始まり世界の人々に次のように訴え、呼びかけました。
①人類はみな平等であり、どの民族も自分達のことは自分達で決めよう。
②朝鮮民族の一人ひとりが心を一つにしてこれから続くであろう民族の自由な発展のために力を合わせよう。
③いま世界の人々が正しいと考えている事の実現のために共に力を合わせよう。
④武力で占領した日本に対して怨みを言うのではなく、帝国主義の道を脱してアジアと世界の平和の道を共に歩みましょう。と呼びかけたものでした。
大韓民国では憲法前文に、3・1独立宣言の精神を受け継ぐことが書き込まれ、朝鮮民主主義人民共和国憲法も南北統一国家の建設がうたわれ、昨年は3月1日を建国の日として、両国で祝賀する事業が行なわれました。
しかし、安倍政権は、101年前の大日本帝国政府と同じような考えのもとに、韓国・朝鮮を蔑視し、侵略・「併合」行為に対して謝罪もせず、善隣関係を踏みにじっています。大韓民国とは「慰安婦問題」「徴用工問題」等についても、誠意をもって解決に当たらず、さらに在日朝鮮人に対して幼保無償化制度から排除するなど、朝鮮民主主義人民共和国との対話の糸口をも閉ざしています。
私たちは、日本政府の対韓国・朝鮮外交を根本的にあらためることを要求します。私たちは3・1独立宣言の精神から学び、日本国憲法を生かす非核・平和・繁栄の日本を建設し、新しい平和な東アジアと世界を実現するため、全力をあげて前進していくことを宣言します。
2020年3月1日
府連創立60周年記念のつどいに90名参加
2015年5月9日午後3時半から9時すぎまで、京都教育文化センター103号室で日朝協会京都府連合会創立60周年記念のつどいが開催されました。会場には、栃木県、千葉県、東京都、神奈川県、岐阜県、三重県、滋賀県、大阪府、和歌山県、鳥取県、岡山県、山口県、福岡県からも参加された会員・元会員60名、団体関係者30名、合計90名がつどいました。
第一部 記念集会の司会は、井口和起、大橋美津子が行いました。
冒頭、日朝協会京都府連を創立し礎を築かれた、末川 博、和田洋一、草野昌彦、谷田晭望さんをはじめ、お亡くなりになられた多くの先輩や会員のご冥福を祈って、黙祷を捧げました。
開会挨拶にたった、大橋満代表理事は、京都府連の60年を振り返りながら、①激動する東アジアの情勢を前進させる一翼を担ってよくがんばってきたこと。②その取り組みで日朝・韓友好運動が、まともな日本人を育てる取り組みでもあったと確信を持つことが出きたこと。③これからは、ご参加いただいた団体とも協力して、北朝鮮との国交正常化と北東アジア平和協力構想の実現のために奮闘すること、安倍政権が進める戦争への道を許さず、日本国憲法を守り抜く決意を述べました。
日朝協会本部会長の石橋正夫さん、朝鮮総連京都府本部の柴松枝(シ・ソングジ)さん、日本共産党京都府委員会・京都市会議員の蔵田共子さんから連帯のご挨拶をいただきました。府職労、京教組、京都革新懇、日中友好協会、日本ユーラシア協会、アジア・アフリカ・ラテンアメリカ連帯委員会、非核の会、原水協、安保破棄、平和遺族会、子どもを守る会、大阪コリア協会など、17団体からも参加していただきました。
国際政治学者の畑田重夫さんに記念講演をしていただきました。畑田さんはこれまで京都府連青年部の春のつどいに何度もきて頂きましたが、今回の講演も参加者がこれからの取り組みに大きな力を得る事ができました。91歳になられてもなお1時間以上も立ったままで話をされたその姿にも感銘を受けました。
第二部 祝賀会は、横川和男、柳川育子が司会をしました。
開会挨拶を木村幸一代表理事、乾杯の音頭を井口和起元会長が行いました。60年を振り返るスライドが和気あいあいの中で上映され、若かりし頃を思いだしながら 参加者一同決意を新たにしました。8時半終了予定を9時過ぎまで延長し、全参加者からメッセージ・自己紹介をしていただきました。閉会挨拶は、福谷忠行代表理事が行いました。
11日に、畑田先生から「京都の皆さんから元気をいただきました。皆さんによろしくお伝えください」と、励ましの電話をいただきました。
