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句集「雑詠」3−2

この頃になると、歳はとりたく無いと思う。
『唐招寺の団扇巻き』、長男のヨット紀行、清荒神社の初詣で、葛城山のツツジ等忘れられない思い出がある。病気もよくした。私は元気とはりきっていた妻も入退院をしだした。学友戦友も同様の歳だ。しかし五十九年の盆には戦友の写経を済ました。
唐招寺を訪ねて 五句 昭和五十五年七月
 姫百合へ 鑑真像の 笑み給う 
 金色の 灯籠灯し 鑑真忌
 灯明の 明かりに 浮きて 七変化
 青葉してと 刻みし句碑に 杜鵑花映ゆ

 鶯や 山ふところの 墓洗う
 隅田川 謡う彼岸の 墓の前
 墓参り 帰る車窓に 大夕日
 友の忌や ミヤマヨメナの 酢味噌和え
 我が庭に 飛び込んで来る 花吹雪

 釣り揚げし 魚は光る 花の下
 叔父の忌や 若葉の映る 花の下
 二上山 遙に霞み 昼の月
 クイナ啼く 声の聞こえて 昼の月
 猪名川や 花菜の隙を 輝きて

 夕ざるる 花菜の川原 葦雀
 観音の 経木を託す 施餓鬼かな
 日暮らしや 詠歌の鈴の 音たえず

孫を連れて猪名川の土手に遊ぶ 一句
 梅雨明けや 孫の見つけし 昼の月

 懸崖の 菊を飾れば 夕時雨
 亡父の如く 息子の庭の 松手入れ 
 夫婦して 障子をはりて 居りしかな
 椿落つ 朝眩しく 雪の上
 丹波路や 憩う入り野の ホトトギス

 童謡に孫 眠りけり 草雲雀
 月三更 森の奥より 青葉ずく
 閨に入り なお聞こえ来る 青葉ずく
 風呂を出て もうアイスクリ−ム なめる孫
 父遠し 徹夜水番 茶碗酒

 秋彼岸 花屋の女も 老いにけり
 旧道を 遠廻りして 墓参り
 提灯に 灯を入れ墓に 語りかく
 花火果て 湯の街の灯 よみがえり
 止まり鳴く 床の短冊 草雲雀

大阪二十一世紀計画機帆船祭り、長男のヨットに乗る 二句
 秋天に 登しょう礼の 別れかな
 帆船展 終わりて 元の秋の海

初詣で中山寺から清荒神へ 四句
 弦月の 染まりて残る 初茜
 初明かり 木の間に漏れる 石仏
 観音の 古道にほのと 初明かり
 若水や 名も白鳥の 滝の水

 初夢や 母の乳房を 欲りおれり
 初雪や 目白の囀り あちこちに

妻品子の算盤  一句
 五つ玉 算盤弾き 帳始め

 はろばろと 菜の花河原 揚げ雲雀
 更けてより 雨となりけり 遠蛙
 空蝉や 眼の光 失わず
 生身魂 嫁下げて来し 生鰆
 椰子わりて 飲みし昔や 盆の月
 盆灯籠 夜空を鷺の 鳴き渡る

此れをどうぞと、三二さんの奥さんだったと思うが、一句
 灯籠の 灯光(ほかげ)に 供花をくれし女 (ひと)

 夕立や 雷 (らい)遠退いて 墓詣で

弟茂、弘と信貴山に詣でる一句 昭和六十一年正月 山は吹雪
 初寅や 金剛山に 雲沸ける

 笹鳴きに リズム合わせつ 初仕事
 父に似る 弟病めり 風花す

葛城山に『百万本』のつづじを妻と探訪す 四句 昭和六十一年
 咲き続く ツツジの果てや ホトトギス
 万緑の 峰より落つる 鶯の声
 金剛の 緑に映える  ツツジかな
 金剛山 百万本の ツツジ燃ゆ

 そよ風に 遠雷聞こえ 魂祭

心筋梗塞により入院  七句 昭和五十九年九月
 執刀医 不動の如し 秋灯下
 秋灯下 手術始まる 毛剃音
 秋灯下 凛と指揮とる 執刀医
 手術終了 胸吹き抜けぬ 秋の風
 爽やかや 若き看護婦 ひたすらに
 入院患者の 癖あらわるる  夜長かな
 闘病の 胸にしみ入る 除夜の鐘

 とんど火や 手元離れし 子ら如何に
 寒の明け 河原菜の花 あちこちに
 青空を 一声すぎし  初燕
 杜若 芽吹くや愛でし 父の忌に
 故郷や 鳶舞い出し 山桜

 水光る 藻川に鴨の 来始めぬ
 蔓引けば 枝に揺れけり 烏瓜
 飲み残す ビ−ルの小瓶 鳴くちちろ
 新米を 薦めて帰る 小僧かな
 名月と 相重なりて 母の顔

孫よりの写真を見て 二句
 鈴の舞 終われば聞こゆ 草雲雀
 秋灯下 鈴を翳して 舞いつづく

 春立つや 山かげに雪 残し居り
 板雛を 飾りて部屋の 和みけり
 雛納めして 又もとの 老夫婦 
 菜の花の 河原を後に 鳥雲に
 夏シャツを 貰うや孫の 初月給

 孫よりの 暑中見舞いや 無理するな
 春暁や しっとりと雨 上がりたる
 花菖蒲 田に水揚げる 踏み車
 菖蒲園 開園近し 寺の鐘
 青鷺の 雨月の川に 降りて佇つ

 松手入れ 終えてあまねき 夕陽かな
 脂のる 秋刀魚の好きな 老夫婦
 おじいちゃん 宿題無いのと 夏休み
 木下闇 青葉の笛の 主の塚
 冷し蕎麦 敦盛塚の 浦風に

 春日灯籠 連ねて社 時雨けり
 弁当を 開けば散るや 百日紅
 万緑の 大和に孫を 入れて撮る
 甲羅干す  亀滑り落ち 水温む
 故郷の 野道親しや 草雲雀

 綿雲や 墓参の空へ 来ては去る
 道変えて 帰る峠の 女郎花
 コスモスや 積み重ねたる 無縁塚
 時雨去り 夕日に映える 蕗の花

妻と岡山を訪ねる 五句(瀬戸の大橋出来る 六十三年)
 百舌の声 この度も聞く 墓の前
 秋空に 流線の綾 瀬戸の大橋
 天高し 栗林公園の 芝に寝て
 池の面の 紅葉を揺らす 錦鯉
 名にし負う  お握り島や 秋の海

 月光に 益々妖し 曼珠沙華
 猪垣に 沿い咲き続く 彼岸花

昭和天皇崩御 四句
 笹鳴きや ラジオは崩御 報じたる
 粛々と 雨降り続く 落ち椿
 雪起こし 一発転げ 行きにけり
 寒椿 見上げる空や 昼の月

 月光に 池睡蓮の 芽立ちけり
 戦いし 南の島より 来る燕
 寂光の 庭に花の 散りしける
 街の角 赤き幟や 花祭り
 茹で揚げて 水に放ちし 蕗青し

 囀りに 巣立てる雛も 混じれるか
 休耕田 続く一角 麦の秋
 万緑を 波立て渡る 青嵐
 菊植えて 居れば友の 訃報あり
 剪定を おえし杜鵑花 赤トンボ

 父さんと 呼んで杯干す 魂送り
 戦友の 写経を終えて 魂送り
 瓢箪の 整いはじむ 夜の秋

肺嚢胞の摘出手術の為入院 九句 平成元年九月き
 切られても 芽吹く古株や 曼珠沙華
 闘病の 炎は消えず 曼珠沙華
 秋の朝 手術宣告 されしかな
 母の忌を 病むや 窓より 鉦叩
 咳込みて 痰絞り出す 子規忌かな
 絶え間なく 点滴続く 鳥雲に
 雪時雨 襲いかかるや 甲山
 これほども 抜けてくるとは 木の葉髪
 霞晴れ 闘病の山  越えにけり

奈良薬師寺の仏教講習会に参加 三句 平成二年七月き
 薫風や 身を清めゆく 散華経
 堂涼し 聖観音の灯に 映えて
 漠犯の 経朗々と 夏の宵

 短日と 言いて箸とる 老夫婦
 残業の 明かりを消せば 鳴くちちろ
 一刷毛の 雲流れたり 朝の月
 母の忌を 思い出したり 菊咲いて
 雲流れ 山脈遠し 秋晴るる

 御神灯 灯りて御輿  帰りけり
 間引き菜の 浅漬け似合う 麦の飯
 御手洗に 雲を映して 冬立てり

孫の結納と結婚によせて 三句 平成二年十月
 尉びたき 庭に遊べる 日和かな
 結納や 紋付き鳥も 来てくれし
 柿若葉 めでたく孫も 嫁ぎけり

中東戦争起こる 二句  平成三年一月
 厳冬や 砂漠の嵐と 言う戦
 中東の 砂漠の嵐 寒椿

 風花の 舞落ちて来る 空青し
 斜交いに 小春の障子 鳥の影
 花吹雪 又巻き上げて 対向車

裏の森に追い出した様にホトトギスが来た 五句 平成三年五月
 声揚げて 立ち止まりけり ホトトギス
 時鳥 聞いて短冊 掛け変えぬ
 病む我を 励まし鳴くや ホトトギス
 丘は萌え 空晴れ渡る 時鳥
 お隣は 菊の差し芽に かかりたり

十二月八日は開戦日又我が誕生日 二句 平成三年一二月
 開戦日 広東は時雨れて 居たりけり
 蝋八を 誕生日とし 悟り得ず

傘寿,子孫等より祝福を受ける 二句 平成四年三月
 うち揃い 傘寿の宴や 実南天
 蝋梅や 妻も盃 手にしたる

尾崎叔母の法事 二句  平成四年四月
 叔母の忌や 休みなく散る 花杏
 菜の花の 黄や茫々と 霧ながる

永田の叔父の法事  二句 平成四年四月
 叔父の忌や 花に集まり 皆老いぬ
 まんさくと 教えられ入る 庭の木戸

孫達とコヤ池に遊ぶ  二句 同年四月
 孫達に 付き添われ行く 花見かな
 句作する 女か桜の 散りかかる

従姉弟の千代乃を入院先に見舞う  一句  四月
 栗の花  会えば飛び出す 国訛り

 形代を 納めて六月 終わりけり
 ぼうたんの 一輪は先ず 供花とす

西脇の瓢箪棚を思い出して 一句
 ふくべ棚 椅子一つ置いて ありにけり

 日暮らしと 老鶯競ふ 峡の里
 紫陽花も これで終わりと 手折り来る
 萩の花 香の流れくる 法の庭
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