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句集「雑詠」3−1

復員から五十七年七月迄の句である。岡山の空襲に会い妻の健気な努力により家族には人命の被害は無かった。 しかし、苦闘の出発であった。亡き戦友の事は励みに成った。その頃遺骨収拾や慰霊の事がとり沙汰されるようになった。

昭和21年4月28日復員

 揚げ雲雀 日に衒いつつ 見えずなる
 菜の花を あ子散らしつつ 吾迎う
 釣り揚げし ドッチンコウや 菜種散る
 帰り来て 芹のしたしを 食ぶ夕餉

心斎橋を歩く(五句)
 ひそと来て 春着を売りて 去りし女
 ウインドの 正札に立つ 薄暑かな
 苗を売る店 ゴム靴も 商える
 初夏の街 冬着も混じり 売られいる
 雨しとど 卯の花臭し 母子うゆ

 絵本読む 軒端にたかく 揚げ雲雀
 はろばろと 山巡らせて 揚げ雲雀
 宵宮の 寿司に散らせし 木の芽かな
 土手に灯の 入らぬ提灯 春祭り
 宵祭り 済んでスクモを 焼く日暮れ

 鯉のぼり 重なりたるる 日暮れかな
 発動機 野良にうなりて 麦の秋
 そよ風に 蟷螂の子は 眼を揃う
 背を反りて 蟷螂風に 逆らえる
 這いでし がま 雨垂れに 打たれ居り

 童謡を 歌う母と子 青暖簾
 枕蚊帳 一杯に子の 昼寝かな
 どの家も 植田に灯し 暮れにけり
 出目金の 泡吹く音する 暑さかな
 回らざる 風車の向こう 雲の峰

 宵月に 夕顔の花 妖しけれ
 籐椅子も 玩具も露の 草の中
 食み足りて 牛も尾花と 夕焼けぬ
 蓮咲いて 朝日暮らしの 遠くより
 背こも巻いて 夕づく野道を 田草取り

 滝写る 鏡に化粧の 女かな
 鬼灯を 鳴らす妻はも 愛しけれ
 鬼灯を 揉む指先の ほそかりき
 虫干しや 晴れ着に思い 新たなる
 我が心 定まりたつや 稲の里

 はろばろと 雪の嶺る 凧一つ
 笹鳴きに 障子開ければ 寒椿
 〆を焼く 小雪に混じる 小雪かな
 乳持たせ 添い寝の妻や 寒の雨
 寒椿 青磁の壺に 開きけり

 朝餉炊く けむりに解ける 笹の雪
 雪解けて 軒端でベイに 遊ぶ子ら
 朝餉とる 障子明るく 目白啼く
 初音して 児のブランコの 止まりけり
 ただてならぬ 一年なりき 菜種咲く

 欠配に 術なき心 蠅を打つ
 朝顔の 双葉や妻の 孕みしと
 音たてて 蝶の降り来る 寺の庭
 縮こまり 母咳給う 蝉落ちる
 七夕を 喜ぶ児らと なりにけり
 夕みそれ 粕汁ふきて 駅の茶屋

漸く一軒の家を持った
 一つ家に 孫皆こぞり お元日

 病む叔父に こはれる儘に 初謡
 それぞれに 祈りこめたる とんど焼き
 亡き父の 植えのこされし 蕗のとお

家の新築紹介をかね従兄弟会を開く、兄弟始め尾崎の朱治等全員集まる (三句)
 客人を 誘う古寺跡 初桜
 廃寺裏 土手ののびたる 遠霞
 水済みて 浅蜊静かに 砂をはく

 たか高と 孫差し上げて 柿若葉 
 句をひねる うちに暮れゆく 熱帯夜
 熱帯夜 奥にきこゆる 虫の声
 蝶必死 花にとまりて 飛ばされじと
 百日紅 一枝咲いて 寺暮れる

 水うちし 石にこぼれる 百日紅
 墓洗う 父の拳は かたかりき
 新涼や 娘に男子 生まれたる
 白鷺の 降りたるあたり 曼珠沙華
 コウモリの 群れ飛ぶ空や 雨を欲る

 萩刈るや 白髪の目立つ 妻にして
 萩を刈る 鋏の音に 空深し
 渡り鳥 一群れすぎし  大欅
 戸袋の 下に水仙 座を変えず
 淡路島 霞に浮かび 冬温し

 老妻と 二人となりて 豆をまく
 初音かと 心済まして 閨の中
 人形に 頬寄せてみる 春灯火
 若布刈る 舟出始めて 島霞む

城南宮にて(二句) 妻品子とお参りす 昭和五十四年三月
 花冷えの 掌を甘酒に 温めぬ
 甘酒を 啜りて絵馬を 仰ぎけり

 子の嫁と なる娘を待つや 木の芽寿司
 風邪に臥して 庭の若葉の 眩しかり
 師の歳に 五つ重ねて 魂祀り
 御詠歌の 鐘あちこちに 盆の街
 古寺は 施餓鬼の経の 続き居り

 加茂川に 二・三羽とべり 都鳥
 カッコウに 朝餉の箸を ふと止めぬ
 ジャズミンの 花や我が歯は 削られる
 竹馬の 児を霞ませて 花吹雪
 里帰り 摘める土筆の 土産かな

従兄弟朱治君逝く 六句
 命かけし 青田の畦を 柩往く
 心経も 嗚咽となりてぬ 夏の夜
 走馬灯 如来はじっと 立ちたもう
 野辺送り 終わりて 蝉の声
 野辺送り 終わりて庭の 蝉の声
 鬼百合の 散りて忌明と なりにけり

 焼香の 人々黙し 仏桑花

妙見に詣でる  五句    昭和五十五年九月

母は私の為にこの妙見山にお参りして、幾度かお百度を踏んで、健康を祈って呉れました。 特に応召中は本当に心配をかけました。今日あるのはそのお蔭である  五句
 ご祈祷の 読経のやみて 鉦叩
 八朔祭 亡き母この御百度を  我が為に
 こうろぎや 母願掛けし 百度石
 御滝に 打たれて仰ぐ 秋の空
 妙見の 大杉森や 滝の音

 陸橋に 初東雲や 残り月
 元朝の 杜に光れる 北斗星
 初荷車の バックミラ−に 大夕陽

初詣 中山寺経由清荒神に参詣す 昭和五十七年元旦
 初鶏や 一番列車を 待つホ−ム
 大瑠璃か 梢に高く 初日の出
 初晴れや 武庫の流れを 目の下に
 とんど火の 盛れば人の 輪も揺れて

 冬の波 荒れる彼方を 闇の航 
 島の灯や 動くは船か 冬の波
 三木街道 トンネル出れば 吹雪居り
 一言に 嫁こだわりて 隙間風 
 藪椿 求めて入れば 笹鳴ける 

 風花や 孫の瞳の 輝きて
 千切り絵の 雛を飾るや 初節句
 トンネルを 出てアカシヤの 花並木
 雨の停止線 アカシヤの花 香り来る
 行く春や 三里の灸を すうる時
 花の丘 海はるか迄 凪わたる

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