中東の歴史
概要
中東の歴史は非常に長く、そして複雑です。「メソポタミア文明」をはじめ、人類の文明が産声を上げた場所でもあります。数千年におよぶ歴史を、大きく4つの時代に分けて大まかな流れを解説します。
1. 古代オリエント文明の時代(紀元前3000年頃〜)
中東は「文明のゆりかご」と呼ばれています。現在のイラク周辺(チグリス川・ユーフラテス川流域)でメソポタミア文明が、エジプト(ナイル川流域)でエジプト文明が栄えました。特徴: 農耕が発達し、人類初の文字(楔形文字など)や法律(ハンムラビ法典など)が誕生しました。
古代帝国: その後、アッシリアやバビロニアといった国々が興亡を繰り返し、紀元前6世紀には現在の中東全域を支配する広大なアケメネス朝ペルシャ(現在のイランの祖)が誕生しました。
2. イスラム教の誕生と大帝国の時代(7世紀〜13世紀)
中東の歴史を大きく変えたのが、7世紀のイスラム教の誕生です。アラビア半島のメッカで預言者ムハンマドが創始し、その後数十年で中東全域から北アフリカ、スペインにまで広がる大帝国が築かれました。ウマイヤ朝・アッバース朝: 特に8世紀から続く「アッバース朝」では、現在のイラクの首都バグダードが世界の中心都市として栄えました。古代ギリシャの哲学やインドの数学などが翻訳・研究され、天文学や医学が高度に発達した**「イスラム科学の黄金時代」**を迎えました。
3. オスマン帝国の覇権(14世紀〜20世紀初頭)
中世以降、モンゴル帝国の侵略などを経て、中東の覇権はアラブ人からトルコ人へと移ります。オスマン帝国: 現在のトルコを拠点とするオスマン帝国が強大化し、約600年もの間、中東・北アフリカ・バルカン半島を支配しました。この時代、中東の大部分はオスマン帝国の緩やかな支配の下で比較的安定した時代を過ごしました。
サファヴィー朝: 一方、東側(現在のイラン)ではシーア派を国教とするサファヴィー朝が栄え、オスマン帝国と対立しながら独自のペルシャ文化を花開かせました。
4. 激動の近現代(第一次世界大戦後〜現在)
現在の中東の国境線や紛争の多くは、この時代に起因しています。欧州の介入(サイクス・ピコ協定): 第一次世界大戦でオスマン帝国が敗北・解体されると、イギリスとフランスが中東の領土を自分たちの都合の良いように分割しました。これが、民族や宗教の分布を無視した現在の中東の国境線のベースとなっています。
石油の発見とイスラエル建国: 20世紀に豊富な石油資源が発見されると、中東は世界の地政学的な要衝となりました。さらに、1948年のイスラエル建国とそれに伴うパレスチナ問題(中東戦争)は、現在に至るまでこの地域の大きな不安定要因となっています。
このように、中東は人類最古の文明から最先端の科学が栄えた時代を経て、大国の思惑が交差する現代へと繋がっています。
