6.灼熱の涯に
独歩三六七大隊第一中隊 斎藤蘆穂
○ 昭和十九年七月末日任地不明のまま征旅につく
炎天を征(ゆ)く兵等皆あと振り向かず
軍靴灼けぬ故郷忘ぜんと戦友等
○ 輸送船しばしば魚雷攻撃を受く
ぶら下る救命胴衣暑に耐ふる
月に転舵魔物のごとく魚雷見ゆ
魚雷逃ぐ航跡月に真一文字
○ 任地タワオに夜間上陸す
闇を歩ゆむみんなみの地の椰子林
椰子の樹下この静けさを死が覗く
戦友(とも)が炊ぐカンコン汁の塩辛(から)き
壕底のやゝひやゝかに夜を迎ふ
ゴム園の朝(あした)の歓喜 リス乱舞
かつぎくるバナナの重味戦友(とも)等健やか
いづれ死なむ火焔樹庭に炎なす
アンベラに浸し夜は遠く妻子見ゆ
夜も暑し馬穴に脚を浸たし寝る
土民より受くるパパイヤ掌(て)に重し
○ 北ボルネオ横断転進はじまる
背負袋の重味一通の遺書と印
わがたのむセガマ煙草の二三枚
密林の豪雨今宵も樹に寝まる
蛭憎し乏しきわが血吸い太る
雨季ながし鉄帽に搗く籾すでになし
銃も錆びぬこの密林に三日喰はず
戦友(とも)よ死ぬな明日はウビカユの村に出でむ
病む戦友(とも)よ汝が瞳(め)祖国を見つむるや
戦友(とも)葬(はふ)る涙目にしむ十字星
○ ブルネイにて
椰子を貫(ぬ)く鉄片爆撃今し終る
月が照る水上カンポン人語なし
死にゝ行く腰に一発の手榴弾
丸木舟に托す生命闇夜の河
丸木舟行く銃声忽ち対岸に
一片のパン無し剣をみがくのみ
○ 死の転進作戦開始
地図あらず参謀伐開の刀振るう
苔煙草兵等虚(むな)しく笑めるのみ
母の背に泣く声涸れし嬰も行ける
歩まねば忽ちに死がいたるなり
跣(はだし)にて歩ゆむ銃剣を身の一分とし
死者に張る天幕今より雨よ降るな
塩気なき蕨喰らいて生き続く
○ テノムにて
南瓜一ケわが分隊の食たりき
飢餓地獄病者に捧ぐ薬もなし
生きんとて一頭の犬撃ち喰らう
鶏裂きて骨まで喰らふ土民達
○ 終戦の大命降る
いくさ止みぬされど死に行くつわもの等
椰子肉をガツガツ喰らい祖国なし
後 記
応召当時より膚身はなさず記録した句帖を収容所に於いて軍隊手帖と共に焼き捨てて仕舞った。
しかし戦後二十数年尚且つ昨日の如く、脳裡に焼きついたボルネオの苦い記憶は年と共に鮮明になる。
この乏しい一連の作品が、昭和元禄を謳歌する今日の世相の中にかつて祖国日本のため若くして散った戦友達を偲ぶよすがともなれば幸甚である。
南無合掌