関電実験センターを中心に周回林道脇母栖山登山口ポールを過ぎ、少し先の関電実験センターゲート手前で駐車した。 地図を確認すると、ゲート右の尾根から取り付けるようだが、 一応、本来の登山道を確認しておいた。 登山道はゲートにつながる柵の外側に沿って移動すれば道標があり、 向かう方向はゲートからの尾根と同じだった。 |
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8:00 関西電力山崎実験センターゲート@を抜け、右の尾根へと取り付いた | |
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ゲートからの尾根を上がる | 8:25 No83鉄塔@を通過 |
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母栖山手前の登り | 9:00 母栖山 山頂 |
金鉱跡を望む断崖に立つと左手に、金鉱跡の坑道らしきが見えた。入り口付近には、木製階段の残骸らしきも確認できた。 人間の欲望遺産とも言うべきか・・と思うほど、 こんな場所を良く見つけ出して、鉱脈を掘り出し、運搬したものだと 人間の英知と、欲望の力に感心した。 この鉱山、調べると「富栖鉱山」の名称で、 亜南産業という会社が経営していたらしい。 ここで働いていた労働者の苦労を想像しながら、 次に坑道の上部へと行ってみることにした。 |
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9:16 金鉱跡標識 | 9:20〜57 直ぐに金鉱跡が見える断崖へ |
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金鉱跡入口が見える(この後、矢印の位置へ移動) | 金鉱跡坑道入口らしきをズーム |
金鉱跡の上部断崖へと坑道の上、岸壁の中腹には小屋と索道の支柱が残されている。そこまで行くとキケンなので、断崖の上へと行ってみた。 景色もよかったし、先ほど坑道入口を見ていた断崖も見えた。 索道にはまだワイヤーが残っていて、それを支える支持部が気になった。 |
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10:23〜50 金鉱跡坑道上から見る索道の支柱 | 先ほどまで居た断崖を金鉱跡の上から撮影 |
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金鉱跡の断崖上の平地で、当時の様子を想像したり | 対面する山腹の山荘は、関レイクタウンのようだ |
索道のワイヤー支持部を見るワイヤーの支持部はコンクリート製なのかと興味がわいたので行ってみた。 状況からすると、近代まで使用されていたカンジ。 ネット情報では、大正から昭和にかけて栄えた鉱山であったという |
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ワイヤー支持部 | ワイヤーは岩稜に巻き付いていた |
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金鉱跡への谷筋には大きな凹みがあった | 11:08 母栖山まで再び戻る |
尾根伝いにP614.8へ |
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母栖山からの下り | 11:44〜57 鉄塔Aで少し休憩 |
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12:05〜25 鉄塔Bでまた休憩 | 周回コースは右折して隣の尾根へ |
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一宮町伊和神社社叢と道の駅が見える | 12:40 鉄塔Cを通過 |
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12:46 ▲P614.8 | 12:53 鉄塔Dを通過 |
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13:00 着地点 | 池を散策 母栖ノ滝は行かず |
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13:15 実験センターゲートAを通過 | 13:26 出発点実験センターゲート@へ戻る |