100人オフ・二次会編

せっかくの珍しい人たちが集まる機会ということもあって、なかなか顔を合わせることもない十数人で集まっての二次会にまで及んだわけだが、テーブルごとに分かれるような形でそこそこの少人数になってお酒も入ってくると、かなりのぶっちゃけ話が出てくるのは自然な流れだった。

特に自分が座ったテーブルには、健さんとワタナベさんの他、ストーカーのみいのら嬢や、テキストサイトのイベントのためなら日本全国を飛び回るファン氏がいたのだが、それだけテキストサイトに思い入れがあっても、みいのら嬢やファン氏にとって健さんと直接話せる機会というのはかなり珍しい。

健さんがメインとなって、当時の裏話などを語る場面がしばらく続いた。

そのうち、この手の飲み会では鉄板の話題のひとつでもある「健さんはファンの女の子に手をつけたりしなかったのか」という、いわゆるネゲットがテーマになったのもごく自然な流れだったが、これについては明確に無いと断言する健さん。理由は明白で、それをやるとファンの女の子のほうがネット上で自慢したり、とにかく一瞬にして情報が拡散するからである。

「へたに知名度のありすぎるサイトがそういうことをやると、あっというまに話が広まって大変なことになるから、そういうことは例えやりたくても出来ないんですよ……」

たいへん納得のいく話である。芸能人のゴシップに置き換えるのもなんだが、要はそういうことだった。なので、そういう行為を何度も繰り返したりすると、それはもう大変なことになる。自分もしみじみとうなずきながら、

みずは「さすがに実名はあげませんが、それでヒドいことになった人もいますしねぇ」

ワタナベ「いやもう実名をあげてくださいよー!」

みずは「……本当に実名をあげていいんですか」

ワタナベ「え、なんで私に許可を求めるんですか??

そのような感じで、この手の飲み会でむさくるしい男たちが集まると大抵、女の話題かお金の話題に行きつく。

とりわけ株の話題になると俄然、勢いを増すのがワタナベさんである。健さんも一時期は株をやろうとはしたことがあるようだったが、最初は本当に気楽に考えていたらしい。

健「値段が下がってるときに買って、上がってるときに売ればいいだけでしょ。それだけで儲かるなら簡単じゃん。とか思ってたんですよね」

ワタナベ「そう! それ!! まさにそれなんですよ!

なんでこの人が永遠に株で負け続けるのか分かった。

そのうち、話題はまた昔話に戻って、かつて自分が某オークション番組に出て番組史上最高額で落札されたアイテムを最後まで競り合ったときの話になった。

「こんなこともあろうかと」と言わんばかりに、すかさず当時の番組の録画をいつでもポータブル機器で再生できるように動画化してあったのをテーブルの上で再生しはじめるファンさん。

健さんの写真撮影にオプションで中華キャノンを差し出したタイミングといい、この手の何かあったときの準備に余念がなさすぎる。歩く「こんなこともあろうかと」の称号を贈呈したいくらいだった。

そんなわけでテーブルの上は臨時の動画観賞会と化し、美少女戦士セーラームーンの原作コミックに自分が登場できる権利を競り合いながら、周囲を取り囲む大勢の観客たちと自分がどんなやり取りを繰り広げていたか、どうやって現場でお金をかき集めようとしていたかを事細かに解説することになった。

※どんなに金額がつり上がってもその場で全額支払うルールなので、手持ちが足りない場合は周囲にいる赤の他人からお金を借りてでも現地調達せねばならない

結局、自分が195万円まで上げたところで周囲の人たちから「もうやめろ」と抑え込まれ、最後に200万で相手に落札されるところまでいって、ひとしきり笑ったあと、健さんが少しだけ真面目な顔になった。

彼によると、今やコンテンツの消費にかけるオタク層の金額はうなぎのぼり。このオークション番組の放送された当時は10代から20代だった自分たちが今になって30代から40代となり、当時よりもっと大きなお金を扱うようになって、それをどんどん消費していく巨大なコンテンツのマーケットができているのが今の状況である。

当時はまだ自分たちのような若い世代がコンテンツ文化の消費の中心で、100万単位のお金を使う対象となるほどマーケットが成熟していなかったから、自分のような普通の学生が200万という金額を出したことが番組史上最高額になってしまったのだろう、という分析だった。

確かに今の感覚では、このくらいの桁だと話題性としては低いはずだ。アイドル業界あたりを見渡せば、さらにとてつもない金額をつぎこむ連中は山ほどいる。

そう。時代は流れている。この番組にしても、まだ色々なものが黎明期だった頃ゆえの遊び場だったのだろうとも思う。

だからといって今の時代に合わせて、かつての自分の遊び方にインフレを起こすつもりなど毛頭なかったが。今の自分がそんなことをやらかしたら一瞬にして破産する。

もうとっくに人生そのものが破産しているような気もしなくもないが。

思い返してみれば、当時の自分のお金の使い道といえばコスプレ衣装の購入と、それを女の子たちに着せて撮影会をすることくらいだったが、年を重ねた今はそれも落ち着いて久しい。

いやまあ、わりと最近、中学生の女の子の誕生日にコスプレ衣装をプレゼントして、専用のスタジオで撮影会をやったりはしているのだが。

という話題をした途端、それまでわりと静かに聞いていたのに急に食いついてきた女性に、やたらと詳細を問い詰められた。元コスプレイヤーらしい。

いや、その子と最初に知り合ったときはまだその子も小学生で、当時から普通に友達だっただけだと説明したのだが、説明すればするほど激しく問い詰められていく。

そもそも、その女の子の母親が昔のうちのサイトのファンだった人なので撮影対象が世代交代しただけと説明しようとすればするほど、ますます問い詰められ方が激しさを増していく。どうしろと。

ともあれ、嵐のような数時間がまたたくまに過ぎ去り、ついに二次会も終わりを告げた。

店を出て最後に別れ際、初対面のはずなのにものすごい問い詰められ方をした元コスプレイヤーの女性(許諾が出なかったので名前は伏せておきます)が、どういうわけか自分のことを気に入ってくれたらしく、ものすごい勢いで抱きついてきたり、そのままの勢いで連絡先を交換することになったり。

というか抱きつかれた瞬間、すかさずスマホのカメラをかざす濁氏。ちょっと待って。これはネゲットじゃない。

最後の最後にまたぞろ不穏な情報がオンラインに流出する危険を感じつつ、100人オフの二次会は今度こそ本当に終わりを告げた。

もう終電も近い時間だった。

―――いつの日か、この人たちとまた会うことになるのだろうか。

でも、もし会うとしたら次はもっとずっと先のことでいいような気もする。それこそ還暦あたりで。

こんなふうに考えていた、その三ヶ月後。NHKの番組のトークイベントで再会することになろうとは、この時点では知る由もなかった。