見果てぬ夢

沖縄にいると、海外旅行でもっとも近いのは韓国でもグァムでもなく台湾である。

なにしろフェリーまで就航しているくらいだ。これが飛行機になると、ほんのひとっ飛びである。

今回の沖縄での通訳仕事のクライアントにあたる某社の社長は、ずっと台風で身動きもできない日々に心底うんざりしていたらしい。週末をあわせる形で数日まとめて休暇をとると、台湾に遊びに行きたいと言いだした。そうすると現地での通訳やら宿泊先、交通手段の手配などは同行通訳である自分の業務となるわけで。

あわてて日程を確認しながら、台湾のホテルや今ちょうどやっているイベントなどを調べはじめた。

しかし台湾といえば、実はどうしても気になる伝統芸能がひとつあった。知る人ぞ知る究極の人形劇、あの『布袋劇』である。

かの名作『Thunderbolt Fantasy 〜東離劍遊紀〜』が日本で放映されたことで布袋劇のブームに火がついたわけだが、かくいう自分も『Thunderbolt Fantasy』の大ファン。

そういうわけで本場の布袋劇はこの機会に是が非でも見ておかねばならない。

日本でも今ちょうど流行っている台湾独自の伝統芸能ですから一見の価値があります」とクライアントを言いくるめると(別に嘘は言ってない)本格的な布袋劇を見ながら食事のできるレストランにさっそく予約を入れる。

その他にも自分の趣味でいろいろと予約や手配を終えると、半分くらいのイベントは自腹を切りながらも「これも仕事」と自分に言い聞かせつつ、いよいよ出発当日を迎えた。

そして逸る気持ちを抑えながら、空港のチェックインカウンターで並んでいたときのことだった。

クライアントである社長の携帯電話が鳴ったのは。


「……税務署からの抜き打ち検査?」


出発は、無期延期となった。

自腹をきった予約は全て、キャンセルとなった。