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宍粟市山崎町 高取山(490m)
2015年10月12日(月) 晴
地図
登山口
1:篳篥神社境内
2:登山口
聖山城趾から
3:北西:長水城趾(右)、最上山公園(左)
4:南西:国見山
登山道にて
5:アベマキの林
石作神社の絵馬
6,7:石作神社
8〜17:絵馬
篳篥神社の絵馬
18:篳篥神社の絵馬堂
19〜24:絵馬
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宍粟市山崎町 高取山(たかとりさん 490m) 【宍粟50名山】
周回約6.9km
宍粟50名山策定委員会、宍粟観光協会作成の登山ガイド「宍粟50名山」も残り少なくなった。
天気もよく先日の国見山から北東に見た高取山に登った。
といっても、少々気分が悪かった。身体的ではなく、心象的に。
分岐点を過ぎた辺りでこんな表示がされていた。標高も200〜250mに来ていた。
ここは松茸山らしかった。
神戸から高速道路を利用し2時間かけて登山口、そしてここまで汗かいて登って来てこれだ。
「なにっ、入山禁止!、
そんな大事なことを何故登山口に貼っておかないのか
」
「無断侵入は警察に通報」?、善良なハイカーもこの先進むと松茸泥棒扱いとなる。
登山ガイド作成の宍粟50名山策定委員会、宍粟観光協会、地元須賀沢自治会の方々には、
「松茸シーズンは登山不可」と一言書いておいていただければと思う。
篳篥神社登山口にはコースの略図もあった。ここから先は入山禁止ですと明示するのは簡単なことではないだろうか。
分岐点から石作神社方向に下りた。
使わなくなった林道のようで荒れている。急斜面で大小崩れた石で道が締まっていない。
道を被うススキを分けて進んでいると、大きなアオダイショウが横切った。
麓に近くなり、石作神社の屋根が見えほっとする。
石作神社側の登山口、右手に行くと神社がある
石作神社は、立派な神社で、由緒に依れば「宇野新太夫将則の創立にして延久5年(1073)社殿を再建す。建久2年(1191)勧進 」。
明治一四年「武太神社」を「石作神社」に社名変更せりとあった。
本殿前の堂にはまだ色彩の残る絵馬が多数掲げてあった。
登山口の篳篥(ひちりき)神社にも絵馬があったが傷みがひどく石作神社ほど鮮明ではなかった。
しかし新しく鮮やかな色彩で、近くの揖保川出石(いだいし)浜の昔を伝えるものが一つ掲げてあった。作者は地元歴史研究者とあった。
大型の絵馬は神様に願をかけたり、あるいはお礼を奉納するために画家に描かせたりしたそうである。
自分の祖父にあたる時代のものがあり、何となく懐かしく思えた。