メイン頁へ
神戸市 摩耶山(717m) 稲妻坂〜天狗道 2008年1月6日 地図
再度公園
1,2:修法ケ原池
3,4:大龍寺
5:市ヶ原

摩耶山
6:尾根・天狗道
7:掬星台(660m)
摩耶ロープウェイ山上駅
8:摩耶山天上寺

9:徳川道
10:洞川湖



 穏やかな冬晴れになった。自宅から歩いて摩耶山を周回した。
 市ヶ原から摩耶山へのルートは他に黒岩尾根、地蔵谷があり、これは以前歩いた。この日歩いた3つ目のルートの稲妻坂・天狗道は六甲全山縦走路にもなっている。日曜日とあってハイカーも多く、摩耶ロープウェイ山上駅も賑わっていた。
 朝8:30出発し帰宅17:00で8時間あまり歩いたことになる。いつもは遠くへ出かけても登山時間は精々3,4時間だが、久しぶりに長距離を歩いたので帰る頃には足の裏にまめが出来た。ちょっと無理したかな。

 自宅(8:30)〜(市街地)〜有馬街道・鈴蘭台東口(9:15)〜再度公園(9:45)〜大龍寺(10:10)〜市ヶ原(10:35)〜
 天狗尾根入り口(10:50)〜(稲妻坂)〜学校林道出会い(11:25)〜(天狗道)〜摩耶山上・掬星台(12:30)〜
 摩耶山天上寺(13:00)〜(桜谷を下山)〜徳川道(13:40)〜森林植物園東(14:05)〜分水嶺越(14:45)〜
 洞川湖(15:10)〜再度公園(15:45)〜有馬街道・鈴蘭台東口(16:15)〜(市街地)〜自宅(17:00)

 摩耶山・地蔵谷から 2007年4月29日
 摩耶山・杣谷(神戸市灘区)から 2006年12月3日
 摩耶山・黒岩尾根から 2006年8月4日
※このページに戻るにはブラウザの[戻る]ボタンをクリックしてください

 摩耶山天上寺 縁起
天上寺の歴史は、大化2年(西暦646年)の昔、孝徳天皇の勅願を受けたインドの高僧法道仙人が開創されたことに始まります。
大同8年(806年)弘法大師として知られる高僧空海は、唐に留学された際当時中国で女人守護のみ仏として盛んに崇拝されていた梁の武帝自作の香木造りの仏母摩耶夫人像を日本に請来され、当寺に奉安されました。 摩耶夫人はお釈迦さまのご生母で、キリスト教のマリアに相当する仏教の聖母です。(ホームページより)

 今まで天上寺には北側の山道から立ち寄っていたので気がつかなかったが、南側参道に「軍艦摩耶之碑」がある。

 帝国海軍第二艦隊第四戦隊の一艦として大東亜戦争中活躍した。その末期レイテ湾へ進撃中敵潜水艦の雷撃を受け沈没した。艦長大江賢治少将以下470名が戦死した。慰霊を祈念する関係者の努力によって記念碑が建立され、南海の底からふるさと摩耶山上にその勇姿を現し、永遠の平和の眠りについた。(記念碑レリーフより)

 巡洋艦「摩耶」の歴史 (石碑より)
1932(S7)年6月30日 神戸川崎造船所で完成。排水量14,250トン 速力34.3ノット(時速約64km) 20cm主砲8基 12.7cm高角砲12基 25mm機銃48基 13mm機銃36基 61cm魚雷発射管16基 水上偵察機3
 防空巡洋艦として第2艦隊に所属、大東亜戦争ではジャワ・チラチャップ沖海戦、第2次・第3次ソロモン海戦、ガダルカナル突入作戦、南太平洋海戦、アッツ島沖海戦、マリアナ沖海戦、レイテ海戦に参加。
1944(S19)年10月23日0705 パラワン島沖にて潜水艦の雷撃を受け沈没。北緯7度27分 東経117度23分